職種別年収相場と求人動向

AIエンジニア職種の分類と年収レンジ

「AIエンジニア」は広義の呼称であり、実際には複数の専門職種に細分化されています。2025年1月時点での職種別年収相場を整理します。

職種 年収レンジ(中央値) 求人数 主な業務内容 致命的な弱点
機械学習エンジニア 800万〜1,500万円(1,200万円) 4,200件 モデル開発、アルゴリズム設計、実験 最新技術のキャッチアップ負担、研究と実装のギャップ
MLOpsエンジニア 750万〜1,400万円(1,100万円) 2,800件 モデルのデプロイ、運用、監視 インフラとMLの両方の専門性要求、障害対応の負荷
データサイエンティスト 700万〜1,300万円(1,000万円) 3,500件 データ分析、ビジネス課題解決、可視化 ビジネス理解の難しさ、成果の定量化困難
LLMエンジニア 900万〜1,800万円(1,400万円) 1,900件 生成AIの実装、ファインチューニング、RAG構築 技術変化の速さ、専門家不足による孤立
プロンプトエンジニア 600万〜1,000万円(800万円) 1,200件 プロンプト設計、品質改善、ナレッジ化 専門性の確立不足、職種としての不安定性
AIプロダクトマネージャー 850万〜1,600万円(1,250万円) 800件 AI製品の企画、ロードマップ策定、要件定義 技術とビジネスの両立困難、責任範囲の曖昧さ
AIリサーチャー 900万〜2,000万円(1,500万円) 350件 最先端AI研究、論文執筆、新技術開発 アカデミアとの待遇格差、研究成果の事業化困難

最も年収レンジが高いのはAIリサーチャーとLLMエンジニアです。特にLLMエンジニアは2023年以降に急速に需要が高まった職種で、供給が全く追いついていません。企業の生成AI導入プロジェクトが相次ぐ中、実際にLLMを実装・運用できるエンジニアは希少価値が極めて高くなっています。

一方、プロンプトエンジニアは比較的新しい職種であり、まだ専門性や市場価値が確立していません。現時点では「エンジニアリングというより職人技」という認識が強く、体系的なスキルセットが定義されていないため、年収レンジも他職種より低めです。

[図解: AIエンジニア職種マップ – 横軸に技術深度(浅い↔深い)、縦軸に年収水準(低↔高)をとったマトリクス。AIリサーチャー・LLMエンジニアが右上、プロンプトエンジニアが左下、MLOpsエンジニアが中央やや右上に配置]

経験年数別の年収推移

同じ職種でも、経験年数によって年収は大きく異なります。機械学習エンジニアを例に、経験年数別の年収分布を見てみましょう。

  • 未経験〜1年: 450万〜700万円(中央値550万円)- 新卒または他職種からの転職
  • 2〜3年: 650万〜950万円(中央値800万円)- 独力でモデル開発可能なレベル
  • 4〜6年: 900万〜1,400万円(中央値1,200万円)- チームリードや技術選定を担当
  • 7年以上: 1,200万〜2,000万円以上(中央値1,500万円)- 組織全体のAI戦略に関与

注目すべきは、経験3年目と4年目の間で年収が大きくジャンプする点です。この時点で「一人でプロジェクトを完遂できる」レベルに達し、市場価値が急上昇します。企業側も、このレベルの人材には積極的に高額オファーを出す傾向があります。

業界別の年収差

同じスキルレベルでも、業界によって提示年収には大きな差があります。

業界 平均年収 年収上位10% 特徴 致命的な弱点
外資系テック 1,500万円 2,500万円以上 高報酬、最新技術、成果主義 雇用の不安定性、激務、成果プレッシャー
国内メガベンチャー 1,200万円 2,000万円 ストックオプション、裁量大 企業依存のリスク、福利厚生の薄さ
AIスタートアップ 1,000万円 1,500万円+SO 技術的挑戦、影響力大 会社存続リスク、リソース不足、長時間労働
金融 1,100万円 1,800万円 安定性、福利厚生充実 意思決定の遅さ、レガシーシステム、保守的文化
製造業 950万円 1,400万円 長期雇用、研究環境 年功序列の残存、AI活用の遅れ、昇給の鈍さ
コンサル 1,150万円 1,900万円 幅広い業界経験、問題解決力 顧客都合の振り回され、技術深化の限界
SIer 850万円 1,200万円 大規模案件経験 最新技術の遅れ、受託体質、多重下請け構造

外資系テック企業(Google、Microsoft、Amazon等の日本法人)が圧倒的に高い年収を提示しています。これは、グローバル基準での報酬体系と、優秀な人材獲得競争の激しさを反映しています。一方、従来型の日本企業(製造業、SIer)は、年功序列の人事制度が残っており、AIエンジニアのような専門職に対しても他職種と同じ給与テーブルを適用するため、市場相場より低い水準にとどまっています。

興味深いのは、AIスタートアップの現金報酬は中程度ですが、ストックオプションを含めると大きなアップサイドがある点です。ただし、スタートアップの成功確率を考えると、期待値ベースでは外資系テックや国内メガベンチャーより低い可能性もあります。

スキル別需要分析

最も需要の高い技術スキル

求人票に記載された必須スキル・推奨スキルを集計した結果、2025年時点で最も需要の高い技術スキルは以下の通りです。

  1. Python(記載率92%): AI開発の事実上の標準言語。TensorFlow、PyTorch等のフレームワークもPython前提
  2. PyTorch / TensorFlow(78%): ディープラーニングフレームワーク。PyTorchが研究寄り、TensorFlowが本番環境で優位
  3. SQL / データベース(71%): データ前処理、特徴量エンジニアリングに必須
  4. Docker / Kubernetes(65%): モデルのコンテナ化、スケーラブルなデプロイに必要
  5. クラウド(AWS/GCP/Azure)(63%): 特にAWS SageMaker、GCP Vertex AIの経験が評価される
  6. Git / GitHub(59%): コード管理、チーム開発の基本
  7. LangChain / LlamaIndex(53%): 生成AI開発フレームワーク。2024年から急速に需要増
  8. REST API / FastAPI(48%): モデルのAPI化、サービス統合
  9. MLflow / Weights & Biases(42%): 実験管理、モデル管理ツール
  10. Transformer / Hugging Face(38%): 自然言語処理、生成AI開発

特筆すべきは、LangChainやLlamaIndexといった生成AI特化のツールが急速に必須スキル化している点です。2023年にはほとんど言及されていませんでしたが、2025年には半数以上の求人で推奨スキルとして記載されています。

[図解: 技術スキル需要の時系列推移 – 2023年、2024年、2025年の3時点で、主要スキルの求人記載率を折れ線グラフで表示。LangChain、Transformerが急上昇、TensorFlowが微減、Pythonは安定]

ソフトスキル・ビジネススキルの重要性

技術スキルだけでなく、ソフトスキルやビジネススキルも重視されるようになっています。特にシニアレベル以上の求人では、以下のスキルが明記されるケースが増えています。

  • ビジネス課題の理解力: 技術ありきではなく、ビジネス価値から逆算したAI活用を設計できる
  • ステークホルダーコミュニケーション: 非技術職に対して技術的内容を分かりやすく説明できる
  • プロジェクトマネジメント: スケジュール管理、リスク管理、リソース調整
  • チーム育成: ジュニアエンジニアの指導、技術的メンタリング
  • プロダクト志向: 研究開発だけでなく、実際に使われる製品を作る意識

ある大手IT企業の採用責任者は「技術スキルは一定水準あれば、後は教育できる。しかし、ビジネス感覚やコミュニケーション能力は後から身につけるのが難しい。シニア採用では、技術よりもこれらのソフトスキルを重視している」と語っています。

資格の市場価値

AI関連資格の保有が採用にどの程度影響するかも調査しました。結論から言えば、「あれば若干プラスだが、決定的ではない」というのが実態です。

資格 認知度 採用評価への影響 推奨対象 致命的な弱点
E資格(JDLA) 中(基礎知識の証明) 未経験〜経験2年 実務能力との相関低、資格だけでは評価されない
G検定(JDLA) 低(非エンジニアには有効) ビジネス職、PM エンジニア採用では評価されない
Google Cloud Professional ML Engineer 中(GCP利用企業で評価) クラウドML経験者 GCP以外の環境では価値低い
AWS Certified ML Specialty 中(AWS利用企業で評価) AWSユーザー 理論的知識不足、AWS固有知識に偏重
統計検定1級 中(データサイエンティストで評価) 統計専門職 実装能力とは別、難易度高すぎて現実的でない

企業が最も重視するのは、実務経験と成果物(GitHubのポートフォリオ、Kaggleの実績、論文等)です。資格は「基礎知識がある」という最低ラインの証明にはなりますが、資格保有だけで内定が出ることはほぼありません。

求人倍率と採用難易度

職種別求人倍率

AIエンジニア全体の求人倍率は12.3倍ですが、職種によって大きく異なります。

  • LLMエンジニア: 求人倍率23.5倍(供給が絶対的に不足)
  • MLOpsエンジニア: 求人倍率18.2倍(比較的新しい職種で人材少)
  • AIリサーチャー: 求人倍率15.7倍(博士号保有者など限定的)
  • 機械学習エンジニア: 求人倍率11.8倍(最も一般的だが需要も大)
  • データサイエンティスト: 求人倍率9.5倍(供給がやや増加)
  • プロンプトエンジニア: 求人倍率7.2倍(参入障壁が低い)

LLMエンジニアの倍率が突出して高いのは、ChatGPTブーム以降に需要が爆発的に増加した一方、実務経験者がほとんど存在しないためです。多くの企業が「LLM実装経験3年以上」を求めていますが、ChatGPT登場が2022年11月であることを考えると、そもそも該当者が極めて少ないのが実情です。

企業の採用成功率

企業の採用担当者50社にヒアリングした結果、AIエンジニア採用の現実的な成功率は以下の通りです。

  • 求人掲載から応募獲得まで:平均2.3ヶ月
  • 応募から書類選考通過:約30%
  • 書類選考通過から面接実施:約80%(日程調整で一部脱落)
  • 面接実施から内定:約40%
  • 内定から承諾:約60%(他社との比較で辞退多数)
  • 結果:求人掲載から採用成功まで平均5.8ヶ月、成功率約5.7%

つまり、100件の応募を集めても、実際に入社するのは5〜6名程度です。特に問題なのは「内定辞退率の高さ」で、候補者が複数社から内定を得ている場合、年収やカルチャーフィット等で比較され、最終的に選ばれないケースが多数発生しています。

[図解: AIエンジニア採用の実態ファネル – 求人掲載(100社)→応募獲得(70社)→書類通過(21社)→面接(17社)→内定(7社)→入社(4社)という段階的減少を漏斗形で視覚化]

採用に成功している企業の特徴

一方、AIエンジニア採用に成功している企業には共通点があります。

  1. 技術的魅力の発信: テックブログ、GitHub公開、カンファレンス登壇などで技術力をアピール
  2. リファラル採用の活用: 既存エンジニアからの紹介。マッチング精度が高く、定着率も高い
  3. 柔軟な働き方: フルリモート可、フレックスタイム、副業可など
  4. 明確なキャリアパス: 技術職のまま昇進できる「テックラダー」の整備
  5. 最新技術への投資: 社内でも最先端技術に取り組める環境
  6. スピーディーな選考: 応募から内定まで2週間以内に完了

特に「スピード」は重要です。優秀な候補者は短期間で複数社から内定を得るため、選考プロセスが1ヶ月以上かかる企業は、その間に候補者が他社に決めてしまうリスクがあります。

キャリアパス分析

AIエンジニアの典型的なキャリアパターン

AIエンジニア350名へのアンケートから、典型的なキャリアパターンが見えてきました。

パターンA:アカデミア型(約15%)

  • 大学・大学院でAI研究(修士・博士)→研究機関またはAI企業のリサーチャー→シニアリサーチャー/研究マネージャー
  • 特徴:論文執筆、学会発表を継続。企業内でも研究色が強い
  • 年収ピーク:1,500万〜2,500万円(大手テック企業のシニアリサーチャー)

パターンB:エンジニア型(約45%)

  • 新卒または中途でAIエンジニアとして入社→シニアエンジニア→テックリード→エンジニアリングマネージャー
  • 特徴:実装力重視、プロダクト開発中心、マネジメントへの移行も
  • 年収ピーク:1,200万〜1,800万円(テックリード/EMレベル)

パターンC:転職組型(約30%)

  • 他職種(Webエンジニア、データアナリスト等)→独学またはスクールでAI学習→AIエンジニアに転職→経験積んでシニアへ
  • 特徴:実務経験からスタート、ビジネス理解が強み
  • 年収ピーク:1,000万〜1,500万円(シニアエンジニア)

パターンD:起業型(約10%)

  • 企業でAI経験蓄積→AIスタートアップを創業→CTO/CEO
  • 特徴:技術力とビジネス感覚の両立、高リスク高リターン
  • 年収ピーク:不定(成功すれば数億円、失敗すればマイナス)

最も多いのはパターンBのエンジニア型です。しかし、注目すべきはパターンCの転職組の増加です。2020年頃までは、AI分野は修士・博士号保有者が中心でしたが、2025年現在では独学やブートキャンプで学んだ人材も活躍しています。

[図解: キャリアパス4類型 – 4つのキャリアパターンを分岐図で表示。起点は「AIエンジニアとしてのスタート」で、そこから4方向に分岐。各パスの年収レンジと特徴を注釈]

年齢別のキャリア選択

年齢によってキャリア戦略は異なります。

20代:スキル獲得と経験の多様化

この時期は年収よりもスキル獲得を優先すべきです。大手企業で基礎をしっかり学ぶか、スタートアップで幅広い経験を積むか、自分の志向に合わせて選択します。転職回数を気にせず、3年程度で環境を変えて多様な経験を積むのが有効です。

30代:専門性の確立と市場価値の最大化

特定領域での専門性を確立し、市場価値を最大化する時期です。年収交渉も積極的に行い、1,000万円以上を目指します。マネジメントに進むか、スペシャリストとして深めるかの分岐点でもあります。

40代以降:マネジメントまたは独立

エンジニアリングマネージャー、CTO、技術顧問など、経験を活かした役割にシフトします。または、フリーランスや起業で独立する選択肢もあります。純粋な実装エンジニアとして40代以降も第一線で活躍するのは、体力的・技術キャッチアップ的に困難になる傾向があります。

今後の市場予測

2026年の採用市場見通し

2026年も売り手市場は継続すると予測されます。以下の要因があります。

  • 企業のAI投資継続: 生成AI導入が本格化し、実装人材への需要は減らない
  • 供給増加の限定性: 大学・スクールからの新規供給はあるが、需要増に追いつかない
  • グローバル競争: 海外企業も日本の優秀なエンジニアを採用しようとしており、競争が激化

ただし、「AIバブル」的な過熱感も指摘されています。企業がAI投資の費用対効果を厳しく評価し始めると、採用ペースが鈍化する可能性もあります。2026年にかけて、一部の企業でAI人材の採用凍結や削減が起こる可能性を、複数のVC関係者が指摘しています。

求められるスキルの変化

今後、求められるスキルも変化すると予測されます。

  • マルチモーダルAI: テキストだけでなく、画像・音声・動画を扱える能力
  • AIガバナンス: AI倫理、バイアス対策、監査対応などの知識
  • エッジAI: クラウドだけでなく、デバイス上でのAI実行技術
  • AIセキュリティ: プロンプトインジェクション対策、モデルの脆弱性対応

特にAIガバナンスは、EU AI Actなどの規制強化に伴い、企業のコンプライアンス要件となりつつあります。技術だけでなく、法律・倫理面の知識も持つ「AIガバナンスエンジニア」のような新職種が生まれる可能性があります。

エンジニアが今すべきこと

AIエンジニアとして市場価値を維持・向上させるために、今すべきことを整理します。

  1. 基礎の徹底: 機械学習の理論的基礎、統計学、線形代数などの土台を固める
  2. 実装力の向上: GitHubでのポートフォリオ構築、Kaggleでの実績作り
  3. 最新技術のキャッチアップ: 論文読み、新しいフレームワークの試用
  4. ビジネス理解: 自社のビジネスモデルを理解し、AIでどう貢献できるか考える
  5. コミュニティ参加: 勉強会、カンファレンスでのネットワーク構築
  6. 発信活動: ブログ、Qiita、Zennなどでの技術発信

特に重要なのは「発信」です。同じスキルレベルでも、技術ブログやOSS貢献で知名度がある人材は、採用市場で圧倒的に有利です。採用担当者が能動的にスカウトする時代であり、「見つけてもらえる」状態を作ることが重要です。

まとめ:変化し続ける採用市場への対応

AIエンジニアの採用市場は、2025年1月時点で依然として極度の売り手市場です。求人倍率12.3倍、年収中央値1,200万円という数字は、他のIT職種と比較しても突出しています。しかし、この状況が永続するとは限りません。

企業側は、高額な採用コストと採用難に直面しながらも、AI人材への投資を続けています。一方、エンジニア側は、高年収という恵まれた環境にありますが、技術変化の速さや、常に学び続けなければならないプレッシャーにも晒されています。

重要なのは、短期的な年収だけでなく、長期的なキャリア形成を見据えることです。20代でスキルを磨き、30代で市場価値を最大化し、40代で経験を活かした役割にシフトする。この長期的視点を持つことが、AIエンジニアとして持続的に活躍するための鍵となるでしょう。